『大樹の元に眠る夜』


透明と言うには濁っている。
色と言うには薄すぎる。


そんな空間があった。


「どこだ、ここ…」
目を開けたら変な所に居た。
そんな状況に戸惑う。周りには誰もいない。俺は確か、イリスとラシューと野宿をしていたと思ったんだが…。
全てが夢だったのか。
それともこれが夢なのか。
そんな事を考えていると真後ろから声がした。

「やぁ、来てくれたんだね。嬉しいよ。」
「っ!誰だ」
とっさに剣に手を置きながら振り返る。そこに居たのは金色で長い髪の…男か女かわからない何か。
とりあえず、足があるはずの場所には流線型の尾びれがある。モンスターか。

「はじめまして。私はシャルアン。ここは我が母である知識樹の胎内とも死すものが通る橋とも呼ばれる場所。強いて名前を付けるなら…どこでもあり、どこでもない世界。」
「いや、どこだよ。」
しまった突っ込んじまった。こういう輩は無視が一番のはずなんだが。
「細かい事はいいじゃないか。」
「細かくないと思うんだが!?」
な、なんか相手のペースに乗せられている気がする。なんなんだコイツ。

「お前、モンスターだよな。」
「君達の定義からすると、そうなるだろうね。しかし私からすれば私は別に化け物では…ああ、そうか。」
ぽん、とどことなく芝居がかった調子で手を打つ。
「美しさは罪、ということだね。」
「…はあ?」
何を言い出すんだこいつは。そう思っていたらまた大げさに手を振られた。
「ああ、良いんだ良いんだ分かっているよ。真の美しさを現す言葉など何処にもないのだからね。だから私の事はそのまま名前で呼んでくれて構わないんだ。無理に形容してくれなくても全く構わないよ。」
「…つまり、名前で呼べって言いたいんだな?」
だったらそう言え。俺のどうしようもない脱力感と苛立ちに気付いているのか居ないのか、モンスター…シャルアンは続ける。
「ところで、虹色の世界に棲む、輝く鱗に護られた天空の使者の体内に流れし聖なる水をその身に受け、如何なる恐怖にも」
「ちょっと待て。」
思わず刀から手を放して話を止める。
「要約しろ。」
「何故だい?銀と言う高貴かつ磨かれ洗練された刃をその身に秘めし」
「だからちょっと待て!!」
やっと黙ったシャルアンを無視して考える。要約すると「虹色の世界に〜天空の使者」は多分、龍だ。で、「体内に〜水」は血だ。と言う事は。

「龍殺しって言いたいなら最初からそう言えよ!!」

と言う事はその続きは多分龍牙について長々しく言おうとしてたんだろう。…斬っていいか、コイツ。
いやでもここがどこかを突き止めるまでは情報源に迂闊に手を出すのは得策じゃない。
「で、俺に何か用か?」
「レイ殿。私は貴方にどうしてもアドバイスをしたくてね。」
さっきよりいろいろ短くなったのは一応気を使っているのだろうか。
「貴方の一緒に居る、イリス殿についてなんだが。」
「!イリスがどうした?」
今までなんだかどうでもいい話だったから忘れかけてたけど、コイツはモンスターだ。
もしかしたら『時紡ぎ』についても詳しいのかもしれない。

「貴方は彼女が好きだろう?」
「…は?」
予想もしなかった質問に思考が停止する。何を言っているんだこのモンスターは。



レイ殿はぽかんと口を開けている。いくら図星を付かれたからと言って、そんなに驚かなくても良いのに。
「でも貴方は彼女に全くと言っていいほどアプローチしていない。あれでは彼女に好きという雲のように柔らかで儚い感情を伝えることはできないよ?」
ウインクを決める。レイ殿は私から目を離さない。…これは人間的には『浮気』に入らないのかな?
まあ美しさに見とれる心は罪にはならないか。
「お前…斬っていいか?」
「いくら欲しいからって私の髪を切る事は許されないよ?それは太陽に近づきすぎたかの偉人のような」
「違う!!」
照れなくていいのに。

「だから、彼女に優しい言葉をかけてあげたらいいのにって、そう言いたいんだ。」
「…かけてるだろ。」
「そうかな?」
「なら、どうしろっていうんだよ。」
しょうがないなあ。
「じゃあ見本をみせてあげるよ。」
「はあ。」

私はなるべく優雅に髪を整え、歌うように言葉を紡ぐ。
「その世界の全ての色を見、またその全てを飲み込み混ぜ合わせ調和した色を持つ瞳。」
「黒だろ。」
「そしてどんな闇を集めても足りぬ深みと艶を持った髪。」
「それも黒だろ。」
「その二つによって更にその魅力が輝く、水中の宝石よりも冬の朝の空気よりも透き通り、最上級の岩石や空に揺れる一輪の花よりも滑らかなその肌。」
「白だな。」
「その総てを彩るそのフィロティエンのような笑顔に、私の心は捕らわれてしまっているよ。」
「最後なんかわかんねえ言葉が出てきたんだけど。」
おや。そう言えば我らについて知らないんだっけ。
「フィロティエンと言うのは、天に住む知識の化身だよ。まあ…私もその一族に所属している。」
「へえ…お前みたいに金色なのが他にも居るのか。」
「まあね。同族は私より美しい人もいるよ。最高の褒め言葉だと思うんだけど。」
「でもな、イリスはお前らなんて知らないだろ。」
あう。やっぱりそうか。
「なら…『美の女神』という形容に変えようか。さあ、イリス殿に言ってあげると良いよ。」
「いや、無理。」
やれやれ。照れ屋なんだから。

「ロマンに欠けるんじゃない?」
「そんなロマンは要らない!」
うんまあ実は私も本題はそこじゃないから早く本題を告げてしまいたいのだけど。
「そんな調子では『旅人さん』に彼女を取られてしまうよ?」
 どうしてか余計な思いしか言葉にならない。

「お前…どこまで知ってる?」
「…ここまで、だよ。」
そう、本当に、ここまで。私の知識も、この場所も。
「そろそろお別れの時間だね。」
その言葉を合図にか、レイ殿の身体が薄くなり始める。
もう、帰る時間だ。
でもまだ、帰らせない。
まだ、告げたい事を言っていない。



「『時紡ぎ』はきっと…とても、孤独だ。」
私は会ったこともないけれど、文献から推測しただけだけど。
きっと、とても、孤独だ。

「…は?」
彼の姿がさらに薄くなる。
「じゃあね、『霧の守護』、レイ・ブリオッシュ。『時紡ぎ』と『賢者』を護ってあげて。それがきっと、君の役目だから。」
彼の表情が驚きに変わる。ああ、やっと言えた。
今まで何かに邪魔されるかのように言えなかった事。
これが言いたくて、私は「関わるな」と忠告された虹色の歴史に踏み込んだんだ。
最後に、伝えられて良かった。
「さよなら。」
多分もう二度と会うことはない、伝説。

「シャルアン殿。」
『外』から声がする。この空間を創ってくれた、協力者だ。
「今出るよ、ホテイ殿。」
もう二度と通ることのない、通路を行く。



「…さん、レイさん。」
イリスの声に、俺はガバリと起き上がった。あまりに勢い良く起きたのだろう。イリスが驚いて固まっている。
「あいつは…」
声に出てしまってから気づく。あれは…
「おはようレイ。珍しいねー。寝坊の上に寝ぼけてるなんて。」
やっぱり、夢だったのか。それにしては妙にハッキリ覚えているけど…。
「夢、見たんですか?」
何故か心配そうに聞かれる。
「あーーーー多分。」
「覚えてないって訳?」
ラシューが聞いてくる。そういう事にしとこう。
「具合とか…悪いんじゃないですか?」
「いや、それは無い。」
「ま、僕水汲んでくる。」

言うが早いかラシューは川に向かう。俺とイリスが残されて、なんとなく沈黙が走る。
「そんな調子では『旅人さん』に彼女を取られてしまうよ?」
さっきの…夢?に出てきたモンスターの声が聞こえた気がした。
「イリス。」
「はい?」
うっかり心の声が口から出る。やばい。次に何を言えば良い?
柄でもなく動揺してる自分がなんとなく滑稽だ。
「レイさん?」
俺はとりあえず、手を伸ばした。

 

ぽす。
そんな音を立てて、俺の手がイリスの頭を触る。

「…?」
イリスは固まっている。俺もその後どうしたら良いかわからなくなり、ぐしゃぐしゃ頭を撫でてからポン、と叩いた。
「な…なんですか?」
「気にするな。」
無理だと分かっていても言ってみる。イリスの頭上にクエスチョンマークが見える。
言葉にして褒めるのとか、らしくないだろ。

「ただいまー。朝ごはんにしようよー。」
「おう。ほら、行くぞ。」
その場から逃げる。
イリスがなんとなく赤い顔して立っているのが見えたけど、きっと朝日のせいだろう。

今日も、良い天気だ。
一日が、始まる。


一周年記念にリオンさんから頂きました。ありがとうございます!

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(2010.5.21)

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