2010バレンタイン企画小説


これは「曇天、虹色地平線」の過去話を想定しています。
レイ、アマンダの学生時代です。



「レイって、チョコレー…お菓子好きだったかしら?」
「んぁ?
何だ?藪から棒に。」

教室を移動しながら横に歩くレイに聞く。怪訝そうに彼は聞き返した。
もちろん貴方にあげる為よ。
そんなこと…言えない。

言葉もないまま返事を促す。いつもそれがいけないのは分かっていた。
立ち止まった私の顔を覗き込んでいたレイは、何かを理解した様に頷く。

「…ああ、なるほど。
明日は…。」

心臓が跳ね上がる。
感謝祭の晩が近付いてるのは周知の事実。そのうえ自分の反応で知られてしまったのかもしれない。

貴方が好きだという、この気持ちを。

きっと私の顔は真っ赤だろう。
だがレイはサラッと言った。
「好きな男に何かやるのか?
俺に聞いても参考にならないと思うけどな。」

違った。
うんうんと頷きながら話す彼は本気でそう思っているらしい。
鈍い。怒りを感じるくらい鈍い。
「ま、頼ってくれるのは嬉しいけどな。」

いや、鈍いからではないのかもしれない。彼は気の合う友人としてしか私を見てくれていないのだ。

友達として気を許してくれているのは分かってる。
昔ならそれでも良かっただろう。でも今では物足りない。
笑顔を繕う度に虚しくなる。
友達としてではなく、女の子として自分を見て欲しい。

でもそんなこと伝えられる筈がなくて。
「…そんなところね。」
「甘い物は俺は大丈夫だけど、苦手なやつもいると思うぞ。
当人に確認した方がいいだろうな。」
曖昧に頷く。複雑な気分だが、当初の目的は達した。

それからもう一つ。
平静を装って尋ねるには酷く勇気が要った。上がる心拍数を押さえる為にお腹に力を込めてみたが無駄である。

「明日の…夜は、暇なのかしら?」
明日は感謝祭。日頃の感謝を込めて大切な人に贈り物をしあう風習がある。
この日の日没から陽が明けるにかけてを“マッティオラの晩”と呼ぶ。

自分の恋心を伝える為に、甘いお菓子にマッティオラの花を添えて送る。まさしく恋する乙女の為のイベントだ。
そして陽が明けるまでに告白を受け入れて貰えれば、その人と幸せなゴールインが出来るというジンクスまである。

「…」
レイは一瞬何かを言おうとして止めた。視線が重なり合う。

周りの音が遠ざかった気がする。自分の心臓の鼓動しか聞こえない。
有名な話だ。さすがのレイも気付いたかもしれない。
まさか心臓の音が外に漏れてたりしないわよね。

顔が熱い。ともすれば逸らしてしまいそうな視線を、目に力を入れて何とか固定した。

「そんなに涙目にならなくても、邪魔しになんていかねーよ。俺だって洒落をやって良いときと悪いときくらい分かるからさ。」
レイは私を宥めようとしたようだった。私は泣いてなんかない。涙ぐんでいるとすれば、理由はただひとつ。

ここまで言っても気が付いて貰えない。
知られるのが怖い気持ちと、気付いて欲しい気持ちが混ざり合って胸が詰まった。

苦しい。だからもうはっきりさせたい。
でも実際に想いを告げようとすると心が萎えてしまう。そんな私にはイベントの力を借りる他に無かった。

明日の晩、私は彼にこの思いを告げる。
そう決めた。

「どうなのかって聞いてるのよ。」
思いに抗い、言葉はぶっきらぼうになってしまう。
「あーうー、はい、ありませんよ!
モテなくて悪うござんしたね。
いつか俺のこと分かってくれる、かーいい娘が現れるんだからいいんだよ!」

可愛い娘…か。
あたしは彼にそう思って貰えてるんだろうか?
「…そう。」

「自分に春が来てるからって、俺を苛める事ないじゃねーかっ!
____あれ。」
小さく答えると、ふらりと去ったアマンダ。いつものようなやり取りが続くと予想していたレイは拍子抜けした。

独り残され呟く。
「どーしたんだ、あいつ。変なの。」





料理は半ば趣味みたいなものだ。自分の体調を気遣う一環だったのが、いつしか趣味になったとでもいうのだろうか。

でも料理を作るたび浮かぶのは、いつだったか私の料理を食べて“旨い”と笑ってくれたレイの顔。
“ただの友人”のポジションでは、あれから料理を作ってあげる機会など二度となかった。自然と手に力が入る。

今の私の気持ちのように、甘くほろ苦いチョコレートクッキーが出来上がった。

その晩はほとんど眠れなかった。

翌日。
授業の間ずっと荷物の中にお菓子が入っているなんて、なんだか照れくさい。マッティオラの花が付いているかいないのかの差しかないのに。
なんだか今日は時間が刻むように過ぎる。一瞬一瞬が決戦の時が近付くのを暗示しているようだった。





陽が暮れはじめた。
授業が終わる。冒険者の卵達はバラバラに帰途につきはじめる。寮に戻る者、下宿や家に帰る者と様々だ。

自分が狙っていたのはこのタイミングだった。
下宿に戻るレイは、必ず独りになると知っていたからだ。
何度か友人として遊びに行ったから道は分かっている。

先回りして道に沿った植え込みの影に隠れた。かじかんだ指が痛い。吐く息が白かった。
でも外気に反して身体は妙に火照っている。街頭の光を木が遮り、ぼんやりした影が石畳に踊る。
鼓動の速さは走ったからだけでない。
祈りを込め、耳を澄ます。

遠くから焦らすように現れた人影。黄色い髪にモテようと気取った気配もない服装。途切れがちに聞こえる鼻歌。間違ない、レイだ。
目を凝らして初めて、この場が思いのほか暗いのに気付いた。

レイの顔が見えない。
記憶の中の放っとけない彼を頭に浮かべようとして、ちらりと脳内に考えが浮かんだ。

“好き”だなんて言ったら、彼はどんな目で私を見るのだろう。

急に竦んでしまう。心が萎む。自分でも驚くほどの動揺に彼女は自分を見失いかけた。
ちょっと待って。時間を頂戴。

だがレイは立ち止まってくれる筈もなく、確実に距離だけが詰まっていく。
今日こそ決着をつけるんじゃなかったの。

しかし後ろを通る気配に身体が固まる。木々に隠れたまま、やり過ごす。
気付かないで。いや、気付いて。…どっちなの?

怖かった。
友達のままではいられない。
もし駄目だったら、もう今のように一緒にいられなくなる。彼の笑顔を間近で見る事ができなくなる。
苦しくて苦しくて仕方ない。でも貴方に会えない事の方がもっと苦しい。

今の立場が良過ぎて身動きがとれない。
レイが通り過ぎた後も、握り締めた指はまだ震えていた。吐き出す事も忘れていた吐息が、ひゅうっと音をたて夜空に抜けていく。

ひとり呟いた。
「挑みもしないのに終わるなんて…馬鹿げてる。」

諦めるつもりなの?
そんなこと出来る筈がない。
彼が側で微笑む度に育って来たこの気持ちを無かった事になんか出来ない。

もしもレイに相手の娘が出来て、ただの友達でしかない私に惚気たりしたら?
「嫌だ。そんなの堪えられない。」
でも私は笑顔でおめでとうと言うだろう。言わざるを得ないだろう。
友達のポジションを保つ為に。

それでいいの?
「良くない。いいはずないわ。」
なのにもう自分がどうしたいのかも分からなかった。





「おー、アマンダ。
浮かない顔だな。」
翌日、レイがいつものように声をかけてきた時、私はむくれていた。もちろん自分の意気地なさにだ。昨晩はなんだか力尽きて良く眠れてしまったのすら腹ただしい。

苛立ちを全面に押し出した口調で返し、コーヒーを呷る。
いつもの事だった。
「あんたには関係ないでしょ。」
「まあな。人の色恋沙汰に踏み込めるような甲斐性、俺には無いし。
それはともかく…これ見てくれよ。」

レイが広げた包みに吹き出しそうになる。
「…!?」
「昨日帰ったら部屋の窓辺に置いてあったんだ。
差出人の名前も書いて無いし…どうしようかと思って、相談を。」

忘れもしない。私の作ったお菓子だ。
挫けてしまった私は、昨日あの後持って帰る事も出来ず、悔し紛れに彼の部屋の窓の所に置くだけ置いて去ったのだ。
見つけて食べてくれたら嬉しいし、気がつかれないまま捨てられてしまったならそれでもいい。
どちらにしろ二度と目にする事は無いと思ってたのに。

「あんた、どう…いう!?」
飲んでいたコーヒーが気管に入ってしまった。ろくに言葉も喋れない。

「メッセージカードもないんだ。どうしようかと思って。」
そういうレイは本気の相談のようだ。贈り主が私だと気付かれたのではないのか。
拍子抜けした。…でも心臓はまだ早鐘のように動いてる。

「あるじゃない。メッセージカード。」
包みから一輪のマッティオラの花を摘み取る。私が選んだ、一番綺麗な花だ。

それを受け取ったレイは真剣な顔して何も言わなかった。

「ふうん、それにしてもレイがそんなにモテるとはねぇ?
贈る相手を間違えたんだったりして。」
それの贈り主が自分だと言えないまま微笑む。
「ひでぇな。何だそれ。
…これ、どうしようか。」
「自分で考えなさいよ。
まあ誰がくれたか分からない物なんて気持ち悪い___」

ぱくん。

手早く包みを開いたレイは、迷わず中身を口にしていた。食べるなりの満面の笑顔。
「旨い。」
「…よかったわね。」
なによこれ。不意打ちにも程があるわ。
嬉しい。

お菓子を全て平らげるレイを横目に見ながら、なんでもない話に聞こえるように尋ねる。何度も口に運んでいたわりにコーヒーはあまり減っていなかった。
「その娘が名乗り出て来たらどうするの?」
「そうだなぁ…。」

もっと嬉しそうにするかと思ったレイは言葉を濁した。
「何、迷うの?」

「まあ…。
今はお前と馬鹿やってる方が楽しいからな。」

その一言を聞いただけで頭の中が真っ白になる。
それはどういう意味なのだろう。ああ、神様。お願いだから___
友人以上、恋人未満。
せめてこうであって欲しい。



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