2011ホワイトデー企画小説


これは「曇天、虹色地平線」の第三話、野望の王国編の登場人物が主役の短編です。
 今年のバレンタイン企画の続きになっています。





うららかな昼下がり。
「失敗…したかな……。」
俺は少しくらい息抜きがしたくて、休憩時間に城下の飯屋に来たのだが、想定以上に混んでいた。
今から並んで、注文して、出来るまで待って、食べて、城まで移動する___どう考えても間に合わない。だからといって他の当ても今となっては間に合わないが、午後の当番を昼抜きでこなすなんて御免被りたい。

困りきって立ち往生していると、人垣の向こうから同僚の一人が、やや焦った顔で駆けて来るのが窺えた。
「ザッカ!
お前なんでこんな所にいるんだよ!探したよ!」
「なんだってんだ?俺は外食のひとつもしてはならんと?」
腹立ち紛れに返すが、どうも相手は平静でないらしい。俺も平静とは言い難いが。
空腹は誰もの心を荒ませるんだよ。くそう。

半ば飛びつくようにして袖を掴まれる。
「そうじゃなくて、とにかく大変なんだ!城に戻ってくれ。
お前何かしたのか?」
「何か………何を?」

全くもって記憶にない。
いや、その時蘇ったあのマッティオラの晩の翌日の記憶に、一瞬背筋が震えた。
訂正。あの感謝祭の晩のこと以外に心当たりはない。
「何をって……ロディ様がお前を呼んでるんだ!」
告げられた名前は、あまりにも想像の範疇を越えすぎていて、俺はらしくもなく可愛らしく小首を傾げる事になった。




所変わって城の詰め所。そこにはロディ様が足を組んで座っていた。結構人がいるにも関わらず、妙に静かである。
俺の顔を認めて、ロディ様は鷹揚に頷いた。俺に用があるというのはデマではなかったらしい。
「ロディ様……お一人で?」
「個人的なことだからな。
お前に、ちょっとした____いやなに、相談がある。」
「相談?俺にっすか?」

それにしても何故、ハールさんでなくて俺になんだ?
まわりの目が痛い。
そりゃそうだ。ちょっと無い組み合わせである。
ただの一兵卒に国王本人が個人的な相談。俺が見てる側でも興味津々だよ。

「マッティオラの件を企画したのはハールだと聞いた。お前も一枚噛んでくれたようだな。」
「ああ……そうすよ。」
「で、お前はハールの部下ではないか。」
「はあ。」
すでにこのくだりでピンときた。
といっても、俺が特に冴えてるとかでもない。
ベリスの日が数日後に迫っている。

ベリスの日___それはマッティオラの晩に受けた告白に想いを返す日。
これを境にカップルが増えたりするのだが、まあ俺には関係ない事だ。

「…で、でな。………えと、」
何かを言おうとしては言いよどみ、もう一度挑戦しては言いよどむ。
きっぱりハッキリ俺様なロディ様らしくもない。
てか彼はすっかり周囲の目を失念しているようだが、言おうとしている事はこんなに人目が有るところで言っていい事なのか?
ロディ様のプライベートについて変な噂でも立とうものなら、俺がハールさんにシバかれる。もう御免だあんなのは。

「じゃ、どっか落ち着けるとこで話さねっすか?」
「そうだな……!そうするか。」
ロディ様は少しホッとした様子だ。
「俺的には何か食べられるようなとこがいいっすね。」




「……んで、ロディ様はハールさんにお返しがしたいんすね?」

数分後、城内の食堂の奥まった席で、ザッカはロディと顔を付き合わせてテーブルについていた。昼も過ぎたこの時間、食事をとっている人は少ない。
眼前の人物と使い慣れた食堂を眺める。
……すげえ違和感。

「…………ん、一概に言えばそうなるな。」
少し間をおいて答えが返ってくる。すぐに弁明が続いた。

「変な意味ではないぞ!
もちろん他の皆にも何かを返そうと思っている!もちろんお前にもだ。」
「あざっす。」
軽く流し、相づちを打ちながらもパンを頬張る。
最近は食料品の原料も入手ルートが限られてきたようだ。兵士の訓練がてらの農作業も先見の明があったというもんだ。

「しかし……ハールには感謝祭でも何もしていないからな。
貰いっぱなしでは王者の名が廃るではないか。」
さもありなん。いかにもロディ様って、感謝祭とか無関心そうだし。

「しかし俺様が何かしらをやるならば、必ず喜ばれるものでなくてはならん。
そこでハールと親しそうなお前の意見が知りたいのだ。」
相手が自分をじっと見ているのに気づいて、やっと俺の答えを待っているのだと分かった。
口内のパンを飲み込む。

「ロディ様は何を贈るのがベストだと思うんすか?」
ずるずる食後の飲み物をすすりつつ尋ねた。完全に意識が食に走ってたわ。

「そうだな………ドレス?」
「いつ着るんすか。」
「……宝石?」
「まだナックルの方が喜ぶと思うっすよ。」
「……家。」

思わず溜め息が出る。
「次元が違いすぎて正直引いたわ。
ロディ様は庶民の常識を得るレベルから始めなきゃならんすね。」
このご時世、奢侈品や家にいかほどの価値があるだろうか。さらに贈る相手は流れの冒険者なんだぞ。

しかしロディ様は結構本気で考えていたらしい。
「そう言うな…。」
本人にそんなつもりは無いのだろうが、肩を落としてんのがありありに分かるぞ?
ロディ様にはこんな一面も有ったわけだ。
なんっつうか___。

王様相手に控えていた悪癖がむくむくと頭を起こす。

「すんません。
ついつい本音が出た。」
俺の気のない謝罪に、ロディ様は不機嫌そうに眉をしかめた。

「お前がハールと気が合う理由が分かった。
お前達、似ているぞ。」
「そんなことないっすよ。
俺、あんなに可愛い性格してないっすもん。」
きょとん、とロディ様の目が見開かれる。
「可愛い?」
「そう。ハールさんは“可愛い”っすよ、ね?」
念を押すとそっぽを向かれてしまった。言質を取るのは失敗か。

「そんな事よりお前は、俺様の力になる気があるのか?」
「もちろんっすよ?
こういうのはセオリーってのが幾つか決まってんすよ。」
にっ、と笑みが漏れる。
こんな面白いこと、見逃す手はない。








開け放ったバルコニーから吹き込む風が、マントの裾を翻していく。
夜気に溶ける自らの白い吐息を見るともなく眺めながら、この城の主、ロディ・ホルツブルクは脈打つ自らの心臓の鼓動を聞いていた。

満天の星空。
こんな状況でなければ、頭の中には神話の三つや四つは浮かぶのだが、今はただ一つの事しか考えられない。

「失礼するよ。」
聞き慣れた声は扉の向こうから聞こえて、こっちが答えるなり、するりと室内に入ってきた。
「ハール。」
待ち人。自分の心を満たしていた要件……それが彼女だ。

「待たせたね。」
「お前はこの間から俺様を待たせすぎだ。
もっと気を使ったらどうだ。」
「ははっ、すまないねぇ。
んで、なんだい?用ってのは。」

思わず本題を切り出しそうになるのを、ぐっと堪える。
思い出すのは、今この時のために何度も何度も繰り返し思い返した言葉だ。
(プレゼント、ってのはロケーションも重要なんすよ。
この季節、そうっすね……夜空の下がベスト!っすよ!)
奴がそう言い気の抜けた笑みを湛えたまま、ぴっ、とスプーンを突き出して見せていたのすら脳裏に浮かぶ。

「バルコニーに出よう。」
「うん?」
特に何かを告げることもなく、ハールは自分に続いてバルコニーに出てくる。

慣れない事なんてするものではない。頭の中が真っ白だ。
思考停止して脳内で文章が纏まらないなか、唯一浮かぶのはやはり奴のアドバイスである。
(いいっすね?この通りに言うんっすよ?)

「この前のマッティオラの時、お前のおかげで俺様は、とても、………う、うれし、かった。
今日はそのお返しをしたくて呼んだのだ。
……これが俺様の気持ちだ!受け取れ!」
「噛みまくりのロディ様らしくない台詞に、最後は開き直ったとしか聞こえないけど、これは誰の手が加えられているんだい?」

さらっとバレた。
しかし俺様は動じない。そのまま用意した包みを突き出す。
(ハールさんには、俺が関わったことは内緒っすからね。
何故だって?そりゃ、ロディ様が独りで考えた事にした方が、貰う方も嬉しいっしょ?)
そのザッカの台詞は完全に保身のための代弁だったが、ロディはその約束を守ることにした。
理由は一つ。自らの意地である。

「え、あ、ああ………ありがとう?」
勢いに押されたハールは、釈然としない表情ではあるが包みを受け取ってくれた。

こんなに外気は冷え切っているのに、暑くて仕方がない。
無意識のうちに顔を背けそうになったが、こらえてハールの目を覗き込んだ。要するにこれもアドバイスの一つである。
相手の目を見て渡せ。

「…??…な、なんだい?」
切れ長の瞳が困ったように伏せられる。
こんなに近くで部下の顔をしげしげと眺めたのは初めてだった。
東方的な顔立ちだとは思っていたが、夜に映える白い肌が寒さのためか紅梅色に染まっている。

それは包みを手渡すだけの、わずか数秒の時間。

「それ、この場で開けてみろ。」
「……分かった。」
目の前で包みが紐解かれる。
相手の反応を見る前に全力で走り出したい衝動に駆られたが、そんなこと出来るはずもない。
中の物がついに取り出された時、ハールは思わず小さな声をあげた。

それは小さな髪飾りだった。

ハールは大抵肩までの長さの髪の一部を纏めて、異国風の髪留めで止めている。
それと形が似たものを選んだのだが、デザインはブール風の繊細な細工の物にした。

彼女はそれを指先でそっとつまんで、室内から漏れる光に透かす。その頬に笑顔が浮かんだ。
「ありがとう、ロディ様。
大事にするよ。」
幸せそうに彼女の瞳が細められる。

初めて見る表情だった。

どくん、と自分の鼓動が一際大きく脈打った。
自分の異変に惑う。どうしたんだ……顔が、熱い。
そしてこんな状況であるというのに、まるで何かの時限装置がついていたかのように、あの言葉が蘇る。
(ロディ様、ここが大事な所っす。せっかくの機会なんすから、押して押して押しまくるのがポイントっすよ。
ロディ様の手先が器用なのを見込んで言うんすが___。
どうして俺様がそんな事を、って?…へえ、ロディ様が不器用で出来ないっうんなら仕方ないっすねー?)
やってやろうではないか!

「ハール、それを貸せ。
___俺様が直々に付けてやる。」
「ふぇっ!?
ちょ、ちょっとあたしそういうのは…!」

有無を言わさず引き寄せる。
髪型の構造を確かめるが、まぁ…大丈夫そうだろう。
髪型を崩さないように丁寧に手櫛をかける。
細くて柔らかくて、まるで絹みたいだ。

「………ほら、できたぞ。」
無言でハールはこちらを見上げていた。目が合う。
さっきよりも、近い。

途端に何か沸き上がってくる暖かいものを感じた。
何かを言いたくて、しかし何を言えばいいのか分からなくて。
本当に俺様はどうしてしまったのか。

沈黙が訪れようとした瞬間、ハールが俺様の袖を引く。
「ありがとう、ロディ様。
あたし、もおっと頑張っちゃうよ!」
そう言った彼女が浮かべるのは、胸が締め付けられるほど普段通りの笑顔。
焦っていた心が溶ける。
無理に言葉を探す必要はない。
そんなもの無くったって、彼女は自分の側にいてくれるのだから。
もっと強いもので、自分達は結びついている、そう信じて。




後日、ザッカはコラト老から「ロディ様を(なま)暖かく見守る会」にと誘われたが、丁重にお断りしたという。




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