曇天、虹色地平線 剣と筆と3 使命


扉の先にあったのは小部屋だった。地下だから当然だけど窓はない。天井もそれほど高くなかった。
「なんもねぇなぁ・・・。」
レイさんが残念そうに言う。彼が期待していたのは出口だろうか、それとも宝物?ころころ変わる表情が、なんというか・・・可愛い。
二人で進むのは一人と断然違った。変にぐだぐだ考えることがなく、不安もない。一緒なら何とかなる気すらする。ただ一つ気掛かりなのは、私を守るための約束を破って一人で突っ走ったお叱りをまだ受けていないことくらいだ。こんなダンジョンの中でする話ではなく、当面の問題は出口を探すことということなのだろう。
ものすごく迷惑をかけた。なのに私を見つけて助けてくれた上、愛想を尽かしたりせず護衛を続けてくれようとしているのである。
「あの、レイさん、私___」
私はその言葉を言い切ることはできなかった。突然響いた声が遮ったからだ。

『力を示しし者、地を這う定めを負いながらも神に一番近き者の後継者よ。我はそなたに変革を与える者である。』
威風堂々とした低い男の声は部屋の中心の小さな台から聞こえて来る。駆け寄ると、蓋がスライドして開きさっきまでは無かった窪みが生まれていた。
『娘、どうやらそなたが後継者のようじゃな。示すべき力を示しし者がさような小娘とは。』
窪みの底で瞬く光を放ち、はっきりと私に話しかけて来たのは赤い宝石だ。
生きた宝石リビングジュエルか!伝説級のお宝じゃないか!」
弾んだレイさんの声。宝石が喋るなんて聞いたことも見たこともない私は口をぱくぱくさせているだけである。

『話が分かるな、男よ!さぁ崇め称えよ・・・・・・うぼっ!』
自慢げに語り始めた宝石を構わず鷲掴みにし、光に透かしたり傷を調べ始めるレイさん。
「レイさん。な、何か言ってますよ・・・。」
『無礼者!無礼者!放せ!』
レイさんは全く聞いてない。満面の笑顔で私の方を向く。
「これ売っ払え!こんだけのもんだったら、もっとマシなガイドも雇えるし路銀にも困らないぞ!」
『放せと言うに・・・グスッ・・・』
どうやら宝石は抵抗出来ないらしい。レイさんの指の間で悲しく光った。
「何だか可哀相だから話だけでも聞いてあげましょうよ。それから売ればいいんですし。」
『最後の一言が余計じゃ!娘っ!何気にそなたも無礼者じゃーっ!やはりこんな小娘が時紡ぎを継ぐ者じゃなんて納得いかん!』

「時?」
私が聞き慣れない単語に聞き返す間もなく、宝石は握り締められ悲鳴をあげる。
『じゃからこの手を放せ!』
「お前そんなおとぎ話をする為に俺らに話しかけたのか?」
低いレイさんの声は怒っているようであり、また悲しそうでもあった。自分の手の中の宝石を見つめる目も冷たい。
「何なんですか?おとぎ話って。レイさん。」
「んー。伝説さ。」
彼は鼻で笑って軽く首を振る。でもそれ以上を説明するつもりはないようだった。

『時の運行を守る者じゃ。時を渡り国々を旅する。そなたは次代の時紡ぎになるのじゃ。今の化け物の大発生も時紡ぎの引継ぎが近付いているゆえ。ほんに何も知らんのじゃな、娘!』
「はぁ。凄いんですね。」
何の夢物語だ。気のない返事を取りあえず返す。だがどうも宝石は本気らしい。
『そなたは先の時紡ぎを追いかけなくてはならん。力を引き継ぐために。』
「あの・・・私は探さなくちゃいけない人がいるんです。すいませんが・・・。」
『なに、問題ない。旅人さんとそなたが呼ぶ者じゃ。』
「!」
心臓を鷲掴みにされた気がした。私がずっと心に追い求めていた人の、私以外そう呼ぶはずのない呼び名。
「人間を惑わせるのは止めろよ。俺らに無理にお前らの望みを叶えさせられると思うな。」
魔に属する者は人間を誑かす。彼らにそんなつもりがなくとも、彼らと我々の価値観は違うのだから結果的にろくなことにならない。有名な話だ。でも___。

「ここで私が頷けばあの人に追いつけるんですか?」
『人の身では追いつけぬ者ゆえ、この好機を逃せば不可能じゃろう。』
私は衝動のまま頷く。私が旅を始めたのはあの人がいたからだ。半ば諦めていたが希望を捨てることも出来なかった、一つ目の夢。
「具体的にはどうすればいいんですか。」
『分かるはず。行く先を指す羅針盤はそなた自身。時の力がそなたに告げる。後はその時我に聞けばよい。時紡ぎを導くが我が役目。』
宝石は嬉しそうに煌めいた。レイさんに手を放して貰うと、ついと宙を飛んだ。そのまま平行飛行する様はテントウ虫だ。

『して、男よ。そなたにも頼みがある。娘の道中を守る剣と・・・』
「ごめんだね。イリスが行きたいなら止めやしないさ。だが俺は伝説こんなのと関わるつもりはさらさらない。次の町までは行ってやるが、別なの探しな。」
取り付くひまもない。いつもと似つかわない、きっぱりした拒否。遮られたまま宝石は沈黙した。私と同じく。
レイさんとはこの山を越えるだけ、それだけの関係なのだ。なのに漠然ともう少し長く共に旅してゆくと感じていた。それは甘えだった。ここで私は一人きりだという不安をレイさんに依存することで誤魔化していただけ。
だから何だか悲しいなんて気のせいに違いない。
暫く考えるように宙に停止していた宝石は、おもむろにレイさんの肩に止まる。彼は反射的にはたき落とそうとしたが堪えたようだった。
『___』
小声の耳打ちはおそらくレイさんにしか聞き取れなかっただろう。でも変化は顕著だった。
目に見えて顔色が変わったレイさんは暗い笑みを浮かべて一言、言ったのだ。
「乗った。」



広間まで来れば夜空が見えた。その亀裂以外から空を覗ける場所はおそらく無い。一人、響く自分の足音に昔を思い出していた。こんなに静かな冒険の夜なんて今まであったろうか。
テントウ虫こと生きた宝石の言うには、ここは後継者を待つの為の洞窟であるため出口が幾つかあるらしい。俺達が入って来たのと逆の、向こう側に近い出口も。どうやらここで一泊しそこから出れば午前の内に町へ着けそうだった。
「あ。テントウ虫。」
ぶんぶん飛んでいるのを両手で挟み捕まえる。あっさり捕まった宝石は身動ぎしながら吠えた。
『何じゃ無礼者!わしを虫扱いしすぎじゃ!それにここにはモンスターは出ないと言ったじゃろ!』
別に俺は寝ずの番の為に起きているのではない。
「・・・」
うるさいので指と指でゴリゴリと潰して黙らせた。

「なぁ、その旅人さん、ってのどんな奴?」
『あの娘の望みが叶えたくなったか?聞く所によるとお前はあの娘の絵に魅せられたのじゃとな。だからじゃな。』
「馬鹿なこと言うな。」
確かにあいつの絵には力がある。死なせたくない。だがそれ以上はない。

「そんなこと考えてる暇があるならイリスの側にいな。俺は自分の望みの為に動いてる。いつ居なくなるか分からんぞ。」
だが宝石は不吉に瞬く。
『絶対にそれはない。絶対にじゃ。』
それは俺には祈りや負け惜しみにしか聞こえなかった。答えることなく指を放す。宝石はよろよろ飛んでイリスの寝てる方へ消えた。
明日にはもう___向こう側だ。


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