曇天、虹色地平線 冒険者の町1 戸惑い


タートス町はリガント山の向こう側の初めの町であると同時に、ルーブ王国とナレーク魔術公国の国境近く、交易と冒険者の町である。双国は友好同盟を採択して久しく、この町はルーブ王国領に位置する。
そうだと、町が見えて来た時レイさんは教えてくれた。
城のように町は高い外壁に囲まれていたが、沢山の人が通れるように扉は最大限に開かれており、そこに列をなす入る番を待つ人々でまるで町全体が門みたいに見えた。
「ここで俺は冒険者学校の三年を過ごした。俺の故郷だ。」
レイさんは愛おしむように懐かしむように呟く。そこにあった身構えるような調子をイリスは聞き逃さなかった。故郷を離れていた人は戻って来た時、そんな心地がするものなのだろうか?
町は多くの人で賑わっており、商人のような人もいる。人相の悪い人も多い。人込みに入ってからレイさんは辺りを見回し沈黙してしまった。

「レーイ!いつ帰って来たの?久し振りじゃない!」
「たった今。元気か?アマンダ。」
レイさんが向った一つの食堂。随分年期が入った建物の扉を開けると客は半分くらい入っていた。昼前でこれなのは流行っている方なのかは、こんな大きな町に来たことのないイリスにはわからなかった。活気はある。
レイさんが入って来たのを認めるなり、綺麗な赤毛の大柄な女性が駆け寄って来る。
「あんた、あんなことがあったのにまだ冒険者やってるわけ?あら…その娘は?今日は護衛?」
女性は途中に私の方を見て付け加えた。私の格好はどう見ても冒険者には見えない。護衛が必要なお金持ちや商人にも見えないが。

「いや?次の相棒だな。」
「…!」
女性の表情が一瞬強張る。意を決したように続けた。
「レイ…あなたが帰って来たら話そうと思っていた話があるの。時間ある?」
「ああ。飯と寝床を提供して欲しいな。代金は出世払らいで。」
女性はにやりと笑った。どうやら二人の間の鉄板ジョークらしい。
女性はレイさんと冒険者学校の同級生だったというアマンダさん。とても背が高く女性らしい体付きをしていて、格闘家らしい。はすっぱに近い表情の作り方も彼女の華やかさを増している。
早めにお店を抜けさせて貰った彼女に連れられたのは冒険者用のアパート。冒険者ギルドが安価で貸しているのだ。彼女の部屋に入れてもらい、食事をご馳走になる内に眠くなってしまった。



「あの娘寝ちゃったわよ。」
「ん…。布団貸してくれてたのか。悪かったな。イリスに言っとくよ。」
「別にいいわよ。」
アマンダは昔から世話好きなのだ。イリスみたいに抜けてるタイプには嬉々として世話をしている。だからそれほど謙遜とは思わなかった。

今はそれよらも。

「この町…様変わりしたな。人の量は変わってないが、冒険者が減った。」
「だいたいが傭兵や用心棒よ。モンスター相手の仕事の情報が豊富だからでしょうね。冒険者の本領が発揮できるような仕事も減って、この町も変わったわ。」
希望する仕事がギルドに入るのをまつ間、生活費の為にバイトをする冒険者は多い。冒険は常に金が入るとは限らない。アマンダもその為に食堂で働いているのだろう。しかも様子を見れば随分と長く。
いきなり宝を探しに行くとか高レベルすぎる依頼を受けるのは死を招く。アマンダほどでもそうなのだから、初級者はもうここで燻っている以外選択肢がない。
真面目な面してじっと俺を見つめた。

「今年の冒険者学校卒業生は三分の二が軍隊に行ったわ。」
「増えてるとは聞いてたが…そんなにか。」
資金をこの王国に依存する学校は、金を出す者の意向に従わざるをえない。特定の国家に属さない冒険者どころか、王国の私兵を作る為の施設と成り下がっている母校。
不甲斐ない話だ。軍学校を新設したり増設すれば周囲の国の警戒を招く。隠れ蓑にされているのは一目瞭然だというのに。
「卒業すれば高い官位から始められるんですって。軍学校とどう違うのかしらね。」
語尾は疑問の形ではあったが完全な皮肉だ。

「レイ…突然言われて困ると思う。
私は冒険者学校を立て直したいの。協力して。お願い。」
「立て直す?」
「新しい学校を私たちで建てる。その教師をやって欲しい。貴方なら皆納得するわ。
あの娘との冒険には出れなくなるけど___貴方にしか冒険者の後輩にこんな貢献はできない。」
俺は息を飲んだ。俺は学校を批判するだけで自分は何もしようと思わなかったのに、彼女はこんなことを企画していたなんて。
昨日の朝までの俺なら迷う余地はなかった。

「…考えさせてくれ。」
断ることも受け入れることも出来ず、結論を先延ばしにすることしかできない。いつかは答えなければいけないと知りながら。



広めとはいえ、一人用の部屋に三人泊まるのは苦しい。てきぱきと片付け場所を作るアマンダさんを手伝いながら、私は尋ねた。
「レイさんはどうしたんですか?」
朝私が起きた時は既にいなかったのだ。
「同級生の居場所を教えてたら、ちょっと会いに行くって言って出かけたわ。」
「そうですか…。」
久し振りにかえって来たのだから、会いたい人もいるだろう。漠然と考えて安心する。どこかへ私を置いて旅立ってしまったのでなければいい。だが、この釈然としない思いは何だろう。
レイさんが会いに行った友人について質問しようとアマンダさんを見ると、彼女の真剣な瞳と出会った。
「どうしたんですか?」
「話があるの。いいかしら?」

アパートの外の非常階段。その最上階部分へ連れられるままに来た。冒険者が減った分空き部屋も増えて、ここにはめったに誰も来ないらしい。上段に腰掛けアマンダさんに目をやった。
「どうしたんですか?お話だなんて。」
「イリスちゃん。」
優しく名前を呼ばれるが、彼女の瞳は決意に満ち厳しい。
「レイとはどういう関係なの?」
「え…えっと、護衛というか、仲間というか…。」
難しい質問だ。まだ相応しい言葉は見つからない。確かなことはは一緒に旅をすることになっていることだけ。

「まだ仲間と言う程じゃないのね。よかった。
お願い。レイを私たちにちょうだい。」
私が二の句を告げない内に彼女は自分達のしようとしていることを告げた。それにレイさんが必要なことも。
レイさんが私の前から居なくなる。それは昨日、彼が一度同行を断った時にも感じた気持ち。レイさんはこの話を受けたのだろうか?受けたなら、私はそれを受け入れるの?
「他にいい人見つけてあげるから。ね?」
「でも、でもっ」

突然のけたたましい悲鳴。でも…何が私は言いたかったのだろうか。自分でも分からないまま話は中断し、アマンダさんは階段から身を乗り出し階下を覗く。
「包囲されてる!?」
そこには異形の鎧を着けた人間達がこのアパートを取り囲んで居るのが見えた。ざっと十五人はいる。建物の影で分からない人もいるかもしれない。
「心当たりは?」
「ある訳ないですっ!」
二人顔を見合わせるが、ここからでは細かい状況は分からない。
「とにかく降りなくては…。」
アマンダさんはこの辺りの初心者冒険者のリーダーだ。この判断は当然である。

「そんなお手を煩わせることもない。」
風を孕んだ女の声は正面から聞こえた。正確には何もない目の前の虚空から。相手の姿は見えない。だが自分達に向かってだったのは確かだった。
周囲の建物にも人影はない。同じくらいの高さの建物ばかりの為、屋上を見渡すくらいのことしかできなかった。
地上からの声がここまで届くとは思えない。目をおとした途端、何か光るものが見える。人間よりも小さく細長い。
「危ない!」
もたれていた階段の柵から引きはがされ、後ろに抱き留められる。アマンダさんの台詞の意味を理解するよりも速く、光りが大きく___。
違う。大きさは変わっていない。ものすごい速さで近付いたんだ。

状況を理解し切れない内に軽い音を立て、人影が柵の向こうから現れた。地上から垂直に飛び上がり、ここ4階の非常階段に降り立ったとしか考えられない大柄の男。大きめで武骨な鎧を身につけている。茶の短髪に短めの髭、フレンドリーな笑顔。
ただ奇妙なことにたなびく白い布を額に巻いているのかと思えば、ちょうど目隠しするように目に巻いているのだった。
「風呪言!?貴方は・・・!?」
私を抱えたままのアマンダさんが随分驚いた声で呟いた。彼は右手に重さを感じられないほど無造作に引っ提げていた大きな斧をこちらへ向ける。斧の刃が銀色に輝いていた。
見たことがある。ゴーレムと戦った時レイさんの剣が帯びていたのと同じ光。
アマンダさんが懐から暗器を抜いた。両手に構える。
「娘さん達。この建物内の後輩ぼうけんしゃ達は俺の手の内にある。生命の保証をしてほしかったら、おじさんに降伏してくれない?」
男は楽しそうに告げる。つまりはここの初心者冒険者達を人質にとったから反抗するなということか。口調のクリーンさは内容とは程遠い。
アマンダさんの武器が手放され、床に跳ねて高い金属音が鳴る。それを聞き男は笑う。
「ではご協力を仰ごうか。」


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