曇天、虹色地平線 冒険者の町 3 再会


「片手で三人のしてしまうなんて凄いのな!!奴等ペラペラ吐いちゃったよ!?なんで奴等が知ってるって分ったんだ?」
「ここは初めは冒険者達の住居だったのさ。だから未知の人間が来ると知らせる連絡網がまだ生きてる。起源がただの町じゃないんだ。」
「はっはー。さすがそんな石付けているだけある!!」
「…は?」
「赤い宝石は善神イゴス様の守護石なのだ。」
百パーセントこれのせいで声を掛けられたんじゃないか。文句の一つも言ってやりたいが返事が返ってこなけりゃ、俺が宝石に話しかける変な人になってしまう。それに俺にもそんな気持ちの余裕はなかった。

俺とイリス以外の人間にはただの宝石の振りを貫くこいつ…生きた宝石は俺に言ったのだ。あの洞窟の中で。
(『伝説が失った名を取り戻すには、違う伝説に成功するしかない。』)
俺の名誉は俺一人の名誉ではない。共に冒険してきたあいつらの名誉でもある。程度の低いことをすればその名は地に落ちる。だがこのご時世___生きる為には避けられない。それが嫌ならどこかへ消えて余生を過ごすしかない。
俺はあいつらの名誉を汚すのは絶対に嫌なのに、冒険を捨てることも出来なかった。
見透かされているわけだ。受け入れるしかない。

だがアマンダは、冒険に関わりながらもあいつらの名を貶めることのない新たな道を教えてくれた。
選べる道が増えた。一つだけしか選べないのは変わらないのに。



廃屋がにわかに騒がしくなった。詳しいことはわからない。だが恐らく、助けが来たか場所を移るかだ。
騒ぎの中に金属が擦れ合う音が混じる。アマンダさんと顔を見合わせた。
「助けが来た!?」

「__ご名答。」
この場にいないはずの男の声。ぎょっと目をやると、髭の男は斧を腰に収めたまま扉にもたれていた。つい数瞬前にはその姿はなかったのに。それらしい音もしなかった。いつの間に入って来たのだろう…。
「さて、イリスちゃんはどっちかな?素直に言うんだよ。残った方の娘は帰してあげるから。」
「___私よ!」
アマンダさんが叫ぶ。自分を囮にするつもりだとわかった。そんなことさせるわけにはいかない。
「私です。」
きっぱりと告げる。こんな人達に狙われる理由はわからないけれど、私が根源なら逃げる訳にはいかない。

だと思った、と男は口内で呟いた。懐から草煙草を取り出し咥える。再び懐に手を入れたのはマッチを探しているようだった。
「時間が無いんじゃないの?」
挑発するように告げるアマンダさんを一瞥し、男は取り出したマッチを壁で擦る。
「奴等も時間稼ぎぐらいできるだろう。それにおじさんは煙草が吸いたい気分だ。」
その口調は仲間であるはずの他の鎧の人達にどこかよそよそしい。だが、そんなことには構わず彼女は続けた。

「…貴方は誰?」



建物の中の薄暗がりを切り裂いて銀の剣はまた道を切り開いた。硬い鎧を易々と切り裂き、レイは跳ねるように体重をかけ斬撃を加える。着地地点の手前に新たな影が現れる。

「伏せて!!」
レイは剣を構えること無く、後方の声の通りに身を低く着地した。その頭上を掠め一本の矢が的確にレイの前に立った鎧の男を射抜く。危なげのないコンビネーションだった。
「ふぅ。お前がそんなボロい弓を出して来た時はどうなるかと思ったぞ。」
「貢献してる!!?」
「まぁな。」
ラシュームが手にしているのは、そこらへんに落ちている枝に木の蔓を巻き付けた玩具のような弓である。その枝も特に真直ぐだというわけではなく、これだけ曲がっていれば弓の名人だろうと使うのは難儀だろう。
しかし不思議と彼の射撃は精密だ。しかも狭い室内で弓を射るのは至難の技である。それを彼は平然とやってのけている。並の腕であるはずが無い。

いくつめかの扉を蹴破って、俺達は新しい部屋に飛び込んだ。そこは今までとは違い大勢の鎧の男たちの姿はない。次の部屋の扉を探しかけて気がついた。…違う。
部屋は無人ではない。闇に溶け込むような暗青ダークブルーの男が一人、佇んでいる。他の鎧男達とは明らかに違う使い込んだ鎧。茶色い髭___
男が待ち兼ねたように顔をあげた途端、俺は強烈な近視感デジャウを感じた。言葉を発するのも精一杯だ。間違えるはずがない。何度夢に見たか。何もかもが記憶のままだった。彼の茶色の瞳を隠す白い布を除いて。二度と会うことは出来ないと思っていた。

「師、匠…なぜ。」
「や、レイ。ずいぶん待ったぞ。」
返って来た声は震えるくらい懐かしくて、すがりついて泣きたいくらいだ。だらりと下がった剣先が細かく震える。
「生きて…」
急速に視界を歪ませていたのは涙に間違いなかった。剣を放り出して生きていてくれた喜びを分かち合いたい。でも理性がそれを止どめていた。
おかしい。どうして___
「師匠、一つ聞かせてくれ。」
「ふぅん?可愛い弟子の頼みならなんでも言っちゃおう。」
記憶通りの口調。愚かしいのは自分ではないのかと錯覚しそうだ。それでも無知で単純な弟子のままではいられなかった。

「どうしてここにいる?」

これではまるでイリス達をさらったのは師匠みたいじゃないか。そう直接聞くことも出来ず言葉を濁してはいるが、切に否定してくれることを願っていた。
相手はいい質問をしたとでも言いたげに大きく頷いた。師匠を信じようとする弟子に、あまりにも残酷に告げる。
「おっちゃんの目的、教えてあげよう。
レイ、お前を殺すことだ。」
何でもないことのように言い終わると同時に、男の手にした斧が自分と同じ銀の輝きを帯びる。当然だ。この呪言は彼から学んだのだから。
「…どうして。」

「お前は知らなくていい。知らないまま…死ねばいい。」

憎悪も殺意も感じられない物言い。立ちすくんだ。何が起きているのか頭は理解することを拒む。男は軽いバトンでも扱うように指先だけでぐるりと回転させると、斧をレイに向けた。いつもの、本当にいつも過ぎる所作。だが経験からその意味するところを知っていた。
「ラシューム!先に行け!」
「ええっ!?」
無理に声を張り上げて自分を援護しようと既に弓を構えかけていた彼に指図する。
「この間に人質が連れ去られたらどうするんだ!」
不服そうな呟きはすぐに納得の声に変わる。本当の理由は師匠相手に後衛なんて何の役にもたたないからだったが、説明している暇はない。足に震えが走る。空元気にも限りがある。しかし何よりも恐ろしいのは、自分が師匠に勝てるつもりがないことだった。

師匠と距離を取りながら次の扉を目指すラシュームに師匠は興味を示さない。少なくともそんな動作は見られない。
「行かせちゃっていいのか?」
少しでも隙を見つけようと声を掛けた。師匠が立ち塞がっていようとも、あの二人を助けなくてはならない。それに本気のこの人相手に生き残るのは困難だと経験が語る。それでも頭はパニックで、身体もゆっくりとしか動いてくれない。

「あの娘はただの無力な小娘でしかない。逃げた所でたかが知れてるのさ。確実にお前を潰しておくのが正しい判断だろう?」
いつものように作戦を説明しているかの口調で言うのは信じられない言葉。
彼は本当に師匠なのだろうか。いきなり浮かんだ疑問は突拍子もない。根拠があってなのか、そう願いたいだけなのか___衝撃から抜けだしきれていないレイには判断仕切れない。
確かなのはひとつ、この意思おもい。殺されるつもりはない。殺すつもりもない。
「目ぇ覚まさせてやる!」



「貴方は誰?」
鋭い瞳は男を射抜く。彼は意にも止めず柔らかい笑顔で名乗る。
「俺は“龍殺し”の“龍爪”コニスティン。」
“龍殺し”___ならば彼はレイさんの死んだはずの相棒の一人…!?

「嘘!」
驚くほど大きな声だった。激昂を押さえ歯を噛み締めるアマンダさんの瞳は泣いているようにも見える。
「本物のコニスティンなら、どちらがイリスかなんて見ただけで分るのよ。」
「参ったな。…面識があるのか。でもおじさんにも今のでどっちかわかっちゃったよ。」
「最低!よりにもよって死んだ人のふりだなんて!」
「ははっ。違いない。」
煙草の煙を吐き出して男は苦笑した。そのわりには口調に苦さは聞き取れない。

足で蹴ってもたれていた扉を開き、その向こうで待っていた鎧の男と行き違いで歩み出る。振り向きもせず去ろうとする後ろ姿にアマンダさんが投げ付けるように問うた。
「どこに行くつもり!?」
「弟子を可愛がりにさ。」
こちらが絶句している間に彼の後ろ姿は消えた。

「人質は静かにしていろ。さもないと口を塞ぐことになるぞ。」
威圧的に言い放った鎧の男は扉を閉めようともせずに私達の横に立った。おそらくそれは戦況を知るため。人質を連れて逃げないのは戦況が不利になった時の切り札に使うからか。
何かが砕ける音。戦いが始まったのだ。手を組むこともできないまま祈る。レイさん。無事でいて。

「おお!ビンゴ!!」
弾んで響いた聞き覚えのない男の声は、戸口を抜け届いた。長いローブに弓を構え飛び込んで来る。年齢は声変わりはしているがまだ少年と青年の狭間といったところか。
「お前っ!?」
不意をつかれた鎧の男は武器を構える間もなく射倒される。がらんがらんと鎧の地に跳ねるあっけない音がした。
「怪しい者じゃないよ。助けに来たんだ!!」
弁明するように彼は袖の裾から取り出したナイフで私達の縄を切ろうとする。それももどかしく叫ぶ。
「殺したの!?」
「やだなぁ。そこまではないよ。正義の味方はそんなことしないんだ!!レイも怒るし。」
「レイ…レイさんは無事なんですか!?」
「今まで一緒だったけど分からない。ああ…善神イゴス様と時紡ぎロノクス様のご加護がありますように!!」

「時紡ぎ!?」
聞いたことのある単語は思いもよらない人間から発された。どうしてその言葉を知っているのか。私が思わず聞き返したのをどう思ったのか、彼は言い淀み頭を掻く。
「ううん…普通こっちの人は知らないよな。
救世主でありながら世界の存続を守る存在、僕の憧れさ!!」
彼は私が次の時紡ぎと言われていることは知らないようだった。
レイさん、貴方は誰を連れて来たの?


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