曇天、虹色地平線 野望の王国 10 互いの思惑



「ただのインテリだと思ってたが……見直したぞ。」
目を見張る相方の首を軽く叩く。魔法の余波は既に消滅済みで、戻ってきた夜気が身体を冷やす。
「酷い言い方。僕は腐ってもエルフさ。」

多くの同朋が魔法を使える。しかし依然エルフの専売特許も存在していた。つまり、スケールの大きな魔法を繊細に操り命中させる。動く砲台だ。
僕は僕の方へ軍を引きつけているだけでいい。それ以上は求められていない。だが、時紡ぎを手に入れた後やる事がどうせ同じなら、僕がこの街を滅ぼしてやろうじゃないか。

「それにしても冷や冷やしたぞ。見たかあいつの目。」
何の話を始めたのかと思えば、レイの話らしい。
気の無い返事を返す。自分が憎まれようと行動したのに、相手がそうしてくれないよりはマシじゃん。
そんな僕の様子にラウスはまた溜め息をついた。
「お前、人間嫌いだろ。」
「何を今更。」

だが僕は同朋おまえらも大嫌いだ。

口には出さない。そいつらと自分がなんで群れてるかなんて考えたくもなかった。
「…そんなどうだっていい事より、今を楽しもーよ。」
丁度前方に見える四つの塔のある窓を指差す。この片眼鏡を使っても、中を覗くのは難しい。



「…ロ、ロディ様。ただいま参りました!」
指示された城の広間まで来ると、帯剣し鎧を身に着けた王様が待っていた。
「そう固くなるな。」
そうは言うが仏頂面である。

彼に連れられて城の中を歩くと、すぐに来た道が分からなくなってしまった。似たような石造りの部屋ばかりで目印もない。しかも短い階段を幾つか登ったのもこんがらがった要因かもしれない。石の冷たい印象に加え、妙な静けさがもの寂しさを感じさせる。
王様はある部屋の扉をあけた。既に自分がどの方向を向いているのかすら分からないが、随分高い所にいるのは確かだ。
「あの窓だ。…覗いてみろ。」
「はい…?」
よっぽど沢山飛竜がいるんだろうか。王様の様子はどこかおかしい。そわそわしてこっちへ視線を合わせようとしない。彼は窓の蝶番を外し開け放つ。外は良く見えない。自然と身を乗り出した。
夜の色調に沈んだ窓の外の風景に目を走らせる。目立って見えるのは眼前の山脈。その向こうに霞んで見えるのは海だろうか?
川では無く海が見える…ならばここは北側の窓だ。

「此所がどうし____きゃ…!?」
突然後ろから伸びて来た腕。無防備に外を見ていた華奢な少女には抵抗できない。握ったままだった筆がもぎ取られ転がった。窓で挟み込むように押さえ付けられ、たちまち両手の自由を奪われる。
!?…!
我に返り悲鳴をあげようとするが口を押さえられてしまう。何度かあげた悲鳴は完全に封殺された。目尻にこみ上げて来るものを堪えて冷静になるよう努める。
どうやら相手は一人。この場にいたもう一人は…。
嫌な予感に青ざめる少女は捕獲者に仰向けに引き倒された。始めに目に入ったのは暖色の髪。

「こんなにあっさり上手く行くなんてな。」
ロディは組み伏した少女を見下ろす。鼻っ面を突き合わせ、じろじろと遠慮なく眺めてくる。
「普通の娘だな。この細い体の何処にあの凶悪な力が宿っているのか。」
私が“時紡ぎ”だと知ってるのは、ブールに潜んでいるモンスター達だけだ。よく考えれば、私達はそいつがモンスターだとこの目で確認した訳では無い。あんなことモンスターにしか出来ないと思っただけで。

じゃあ、まさか。

「ふん。」
反応のないこちらに飽きたのか、王様は姿勢を正す。僅かに口を押さえる手が緩む。

今だ。
自由である足を目一杯ばたつかせもがく。負けるもんか!手か口だけでも自由になれば…!
危うく振りほどかれそうになりロディは焦った。完全に虚をつかれた形だ。
「な、っ……くそ、静かにっ!」
次の瞬間、彼の膝蹴りが少女の腹部に命中した。



たちまち人形のように頽れた少女の拘束を解く。
「可哀相な事をした…。」

「これからもっと可哀相な事をなさるのに、何をおっしゃるのです?」
いつの間にか続きの部屋の扉が細く開かれており、そこから数歩入った所に老人が佇んでいた。
「…コラト。」
「ただいま参上しました。」
恭しく礼をした老参謀。指示した通りのタイミングだ。
大事のための小事など、気にしていては何も出来ない。
「準備は整ったのか?」
「はい。」
床の絵筆を拾いあげていたコラトは、答えるなり続きの部屋の扉を開け放った。部屋を縫うように描かれた魔方陣に満足する。ここ北の塔は自分に近しい人間以外入れない地区なので邪魔の入る心配はない。少女をその中心に横たえた。
するとコラトは例の本__リストと呼ばれているらしい__を差し出す。
「では儀式を始めよう。」

時紡ぎの力を俺に移す為の儀式を。

ふと、少女の服に身に付けられた宝石が目に入る。本物なら庶民に似つかわしくない大きさだ。
とはいえロディには全く興味の湧かない事柄ではあったが。しかしそれを見たコラトは石を指し言った。
「それは貴方様がお持ちになられるのがいいでしょう。」
「お、おう。そうか。」
コラトがそう言うのだから儀式に関わるものなのだろう。魔方陣に最後の書き足しをしているコラトを尻目に、宝石に手を伸ばす。あっさり外れた。

夜の闇から蝋燭で照らされる魔方陣と、生け贄の少女。なんという悪趣味な舞台装置だろう。そう一人ごちながら参謀の準備を眺めるが、止める気はさらさら無かった。
おもむろにページを広げたコラトは、絵筆を渡し指示する。
「この筆を娘に持たせになってください。それでここに、こう記すのです。」



前衛部隊の一部が明らかに後退し始めた。作戦が実行されるのだ。
斬りたい相手を目の前に後退するなんて苦痛以外のなにもんじゃない。だが自分が感情論で動いて作戦の失敗を招くなどあってはならないのだ。それに、作戦が成功して戦局が変わればあちらもボロをだすかもしれない。

斬り結んでいる相手の攻撃を受け流し、下がる。一歩ずつ確実に下がってゆく。モンスター達は何の違和感も持たないのかどんどん前進してきた。上空からはっきり戦局が見えているあいつも止めないのか。
前衛部隊はもう街の中まで下がっている。これ以上はもう下がれない。
そろそろ北門部隊が合流するはずだ。俺達切り込み部隊はそれと合流すればいい。
やや北門よりに後退を続ける切り込み部隊の足並みが乱れた。

突然鳴り出した角笛の音に、俺達の多くが身を震わせる。薄くなった部隊の隙をついて南側の岩影からモンスターの一団が姿を現したのだ。同時に空から降りて来る飛竜。そいつは僅かに開いていた切り込み部隊と前衛部隊の間に着地し、辺りの人間を吹き飛ばした。
出来た隙間に軽装なオークの部隊が割り込んで来る。
「分断された……?」
何が起こってるんだ。これじゃあ挟まれてるのは俺達じゃないか。
城壁部分に立ち塞がり進入を防ぐ前衛部隊も異変に気付いたようだが…真中や後ろに下がってしまった奴等には、仲間の体の壁で戦えない。これでは軍の実力を出せない。こんな好機をモンスターの司令官トゥーレが見逃すはずがない。

すぐに潰されてしまう。

「…ハール!」
大剣を抜いたまま戸惑う見知った女性を手近な人の波の中から見つけた。こちらに気がついた彼女は慌てた声で呼ぶ。
「レイ!」
「これはどういう事なんだ!?」
「知らないよ。…聞いてない!」
冗談じゃない。
彼女が何も知らないなら、他に知ってる奴などいないだろう。だが前衛部隊の援助と分断され、敵の主力部隊をぶつけられている今…そんな詳細を知る事が何の打開になる?
こちらへ襲いかかるオークを躱しながらもハールに問い掛けた。ハールはやり辛そうに大剣を繰り、オークを一度に二匹ほど吹っ飛ばす。この戦況では彼女の武器では仲間を巻き添えにしかねない。
そして援軍はやはり来ない。

「北門部隊は?」
「私の管轄じゃないから分からない。正規部隊なんだ。」
ローブ姿の後方支援系冒険者に切り掛かっていたオークを蹴り飛ばした。こんなに部隊がぐちゃぐちゃになってしまっては、陣を作るのも難しい。
はちゃめちゃに強いくせに陣で守られていないと自分の安全も確保できない、あの少女はどうなった?あいつを任せたはずのハールが何故ここにいる?

「…お前、イリスはどうした?」
「作戦開始前にロディ様がお呼びになってたよ。だから安全___」

“龍牙、作戦を伝えておく”

頭の中でパーツが噛み合った。
正規部隊は王の管轄だ。そして作戦だなんて言って俺をここに引きつけたのも王。
だが奴がイリスを連れてって何の意味がある?

まさか国王本人がモンスターと手を組んでいやがるのか。

自分の思考に待ったをかけた。論理が飛躍してる。なんの論証もない推測だけで人をモンスターの手先だなどと疑うもんじゃない。
そう考えてもやはり、俺はイリスの側から離れるべきじゃなかったのだ。何とかしてあいつの側まで行かなくては。
血相を変えた俺に何か気付いたのかハールは不安げに立ちすくんでいた。城へ踵を返す。眼前に立ち塞がるのは飛竜。トゥーレが乗ってたのと比べると劣るが十分でかい。
「道を空けろ!巌貫龍__」

「てやっ!!」
間の抜けた掛け声に促されるように爽風が吹き抜ける。それに伴い、見るからにモンスター達の夜の森とは違う明るい緑の絨毯が地を覆う。
群衆を掻き分けて前衛部隊の間から現れた少年。ローブを身に付け、首の左右から括った髪を垂らしている彼は明らかに他と違った。
真緑の髪。
彼は俺を見つけ、にっこり笑ってポーズをつけた。
「ピンチはヒーローか王子様が助けに来るって相場が決まってるのさ!!」


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