曇天、虹色地平線 野望の王国 11 野望



「ラシューム!」
「こいつは僕が押さえてるから速く行ってよ。」
つやつやと太い蔓が飛竜に巻き付く。抗う事すら許さず、地に結わえ付けた。
「大丈夫なのかお前…!?」
「うん。イリスちゃんから離れたら楽になったよ。」
意味が掴めない。だが悠長に聞き返してる暇はない。
オークの部隊をすり抜け急ぐ。木こり曰く大降りに斧を振って来たオークの一撃を掻い潜る。後方で武器と武器のぶつかりあう音がした。
「あたしも行く!」
ハールは斧を弾かれよろめくオークを一刀両断する。
「好きにしろ。」

擦れ違う寸前、ラシュームは俺の腕を掴む。
「イリスちゃんを必ず守ってよね。

あの娘が死んだら世界が壊れる。メンテナンスしてくれる存在を失うんだ。」

後半の打って変わった真剣な声。同じく真剣な瞳が教える。過剰表現ではないと。
「お前、何を知ってる…?」
「なんにも?」
嘘だ。こいつは神話を語るだけ語って、本当に大切な事を語らずにいたのだ。
知ってるのか。時紡ぎとは何かを。
「早く!!」
叱責に近い叫びに、俺は考える事を止めた。今を切り抜けられたら聞く機会もあるだろう。切り抜けられなかったなら、もはや聞く必要はない。



トゥーレがイリスちゃんにかけた魔法、それは彼女の近くの魔法的存在の力を奪う。完全にモンスターではない僕は体調を崩し、きっと赤い宝石も身動きすら取れないはず。イリスちゃんを側で守れるのはレイしかいない。

だから、これでいいんだ。
レイが行ってしまうと、僕は戦場で一人になる。知らない人間の中でモンスターである僕が受け入れられるとは思わない。
怖かった。
けど、たとえ自分が守るべきだと思った者が僕を受け入れてくれなかったとしても、それは戦わなくていい理由にはならない。神様の贈り物を既に前払いで貰ってるんだから、逃げなど選択肢に入っていてはいけないんだ。

「緑の民がどうしてリドミの王になったか知ってる?」
声を張り上げる。
「押しつけられた領主に国民は抗うどころか跪いた。緑の民が彼らの信仰する神にそっくりだったからさ。
___神と間違えられた力、見せたげるよ。」



レイの後ろ姿を眺めつつ落胆した。こっちを振り向きすらしない。
「ああ、行っちゃった。時紡ぎしか眼中にない感じ?
あんだけ煽ったのに。」
「確実にやり過ぎだったが。」
余計なラウスの一言は黙殺し、苛立ち紛れに彼の背をぺちぺち叩いた。
「レイまであっち行っちゃうなんて。あいつ目的の為には手段を選ばないんだから、全部倒しちゃうよ。僕の取り分無いじゃないか!」
「仕方ないだろ。それとも始めの取り分にレイは入ってたのか?」
レイは話にも出なかった。仮にも“霧の守護”でありしかも“伝説”なんだから決めてしかるべきだったかも。
それともあいつは意図的に話をしなかったのだろうか?

「じゃあ、仕方ないね。
はみ出しもの同士遊ぼうか。」
睨み付け威嚇してくる緑色の同族に視線を下ろす。そういう真直ぐさ、同朋よりも大好きだよ。


全力で走っても城に着くには三十分では足りなかった。しかも辿り着いたはいいが何処に行けばいいか分からない。赤と金に塗られた城門は閉ざされていて、彫り込まれた古びて黄ばんだ虎の彫刻が城を守っている。誰もいない。遠くの戦場の地鳴りのような響きが大気を支配している。肩を上下させ城門に手をついた。こんなとこで力尽きてなんていれないのに。
「こっちだよ!」
後ろから追って来ていたハールが隣りを抜ける。彼女が走り寄ったのは木々に隠れるように配置された通用口だ。
塔の入口が集められているフロアまで迷う事なく連れられる。この城の塔は東西南北各四つ。
俺達は途方に暮れた。どの塔に入ったのか見当もつかない。上まで登って虱潰しに探すしかないのか…?

「鍵が要るんじゃないか?」
「大丈夫。一つ目の扉は中からしか鍵をかけられなくなってるのさ。
何代目かの王権交代の時、王は今まで幽閉されていた塔の鍵を壊してしまったらしい。代が変わって他の扉の鍵は付け直されたけど、ここの扉は大き過ぎて…」

「お?」
手掛かりの一つも無いかと、上りまではしないが扉を開いて回る。その一つの扉がどうも開かない。
「…鍵が掛かってる?」
扉のついた石のアーチの上部には“北門”と記されていた。
「ここだ!」
声が揃う。ベタなミスをしたものだな、と笑おうとして思い止どまる。これは本当にミスなのか?
念入りに魔法強化がされている樫の扉は、恐らく開けられないほど分厚く重い石の扉より硬い。
居場所が分かろうと、近付けなけりゃ意味が無い。
「…鍵は」
「当然、中だね。もちろんスペアなんてないよ。」
御丁寧に完全に希望を潰すハール。思い当たる方法は一つだけ残っていた。恐らく成功は難しい。それでも。

「ハール、退いてろ。」
振り返った途端、刀を抜いた俺を目にし、ハールは悲鳴をあげる。
「あんた城をぶち壊すつもり!?」
「しょうがないだろ。俺の責任じゃないからな。
レンガの城壁は壊せたんだから多分…。」
やれやれとばかり頭を振り、彼女は年期の入った扉を手の甲で叩く。
「あんた魔術を舐め過ぎだよ。
あたしにも一口かませな。」

暗い城内で二人は呪言詠唱を開始する。女の心中にあるのは信じる者を信じ切りたい祈りだが、男を駆り立てる思いは少女の無事を祈る気持ちなのか。
前唱は呪言の本来の力を引き出す。引っ張られてゆく自分のエネルギーに伴って、最後に唱えた瞬間が立ち返って来る。
頭痛がする。暗闇、古びた石の匂い、隣りの気配。全ての要因があの悪夢を上回る現実を思い出させる気がする。

「『人の血に眠る龍よ。今、四肢が揃う。太古の眠りすら切り裂く牙___巌貫龍囓』」
集中するんだ。静まれ、心臓!
数瞬ハールの呪言の方が先に完成した。ぶん投げるより速く鋭く大剣は扉を襲う。

「『あたしの前に立ち塞がる奴、後悔してももう遅いんだよ。…奥義ブレイクショット(ぶっ飛べ)!』」
耳障りな音をたてて扉を削る大剣。しかし威力が足りない。回転する刃も扉の表面に引っ掻き傷をつけるに止まる。
そこに大剣を受け止め押し出すようにして、龍のあぎとが突っ込んだ。

ドガン!

一拍遅れて響き渡ったのは衝撃音。もくもく舞う埃が晴れた時、二人の眼前には大穴が現れる。爆風に吹き飛ばされたらしい扉が天井で跳ね返って後方に落下した。ひん曲がっている。
「扉は壊せなかったが、回りのアーチが消し飛んだみたいだな。」
「ぎゃああぁ!あたしの武器は?!」
ハールの悲鳴に自分を取り戻す。ちかちかする目を擦った。道は開かれたのだから、いてもたってもいられない。
「ああ、あった!」
「無傷だと…!?」
あちこち崩れた城の欠片に埋もれるようにして、大剣は無傷だった。一体どんな剣なんだ。



塔の上階に続く階段を駈け登り辿り着いたフロア。その壁際の椅子に目的の人物はふんぞりかえっていた。
「ロディ様!イリスちゃんは何処です?」
荒い息を沈める間も無くハールは問う。赤いローブの裾を弄びつつ、煩わしそうにロディ・ホルツブルクは答えた。
「もう戻った。ここにはいない。」
「王さん、あんたイリスをどうした?」
王さんは同じ台詞を二度繰り返そうとして詰まる。嘘をつくのが下手だ。

視線を落としていた彼がこちらを向くのに合わせて、高圧的に言い放つ。
「ここの王さんは豪傑だと有名だが、嘘も誤魔化しもするんだな。」
ただの嫌味でしかない。だがこういうタイプの人間はプライドをくすぐる事で動き出す。そうでもなきゃ詰みだ。流石に一国の王に一方的に刃を突き付ける事はできなかった。
「本当の事を言っとくれよ!」
ハールも必死だ。口には出さなかったが、彼女も王が少女に非道を行おうとしていると疑っている。それを信じたくないのだ。
王さんは沈黙する。二つも三つも間があいて、こちらが挫けそうになったくらいにやっと呟いた。

「………。
時紡ぎの力を手に入れる。俺様に宿らせるんだ。」

時紡ぎの力を?
どうして王さんがイリスの力について知っているのかは考えなくても分かる事。モンスターとの最前線の王だからって、ほいほい信じちゃ駄目だったのだ。取り返しの付かない、ミス。
ハールが声を詰まらせる。彼女が言おうとした言葉は形にならず費えた。
人間を統率する立場にいながらモンスターに味方する。これは…裏切りだ。
冷や汗が流れる。もしかしてイリスはもうモンスター側に渡されているかもしれない。

「…そんなこと出来っこない。」
「普通に考えるならそうだ。だが、可能だ。」
彼は敷かれたラグを踏みしめ立ち上がる。王さんは自信に満ちていた。俺達に向けられた威圧感。瞳には妄執の光が宿る。無意識に足が後退しそうになるのを堪えた。
「他人の力を奪って何になる。」
「他人だ自分だなど関係ない。彼女の力は大国ブールを再建する鍵だ。」
「馬鹿げてる!」
ブールが大国だったのは五百年ほど昔、既に物語の時代の事である。おとぎ話の国を再現すると言っているようなものだ。

「馬鹿者はお前だ。俺様の方が有意義に使えるに決まっている!
あの、大虎のように強く気高いブールが蘇りさえすれば、この世界から争いが消滅する。俺様ならそれが出来る!」
この国で王として育った彼は、国に代々伝わる書物で大国時代に親しんできた。おとぎ話ではなく現実として。そういうことか?
「ロディ様…」
ハールは主君の姿を見つめ暗く息を吐く。彼女の祈りが届かなかった事が確定したのだ。部下としては見たくない姿だったろう。
でも真実は知らなきゃならない。だからハールは俺に付いて来たのだし、俺もイリスを取り戻したい。

「消滅なんてできないでしょう!?」
「コラトの儀式が終わり真実を見れば、お前達の気持ちも変わるだろう。」
誇らしげに言う彼は自分の行動が正しいと信じ込んでいる。
「…コラト爺さん!?」
あの爺さんも一枚噛んでんのか。王と参謀、関わっていない方がおかしい。イリスはあの爺さんの所にいるのか?
“必要悪です”あの台詞が不気味に思い出される。
「爺さんは何処にいるんだ?イリスは返してもらう!」
「教えるはずが無かろう。」
嫌な予感がする。

「まさかあんた、モンスターと共に人間を従属させて支配しようなんて考えてんじゃねーだろうな!」

「……………は?」
一生でこれ以上の間抜け面は見られないだろう。その時のぽかんと口を開けた王さんはそんな顔だった。
「誰が?」
「あんたが。」

噴出した王さんはあたふたして喚く。目が必死だ。
「待て、待て!?
俺様はただ、時紡ぎの力で大陸を統一して、モンスターに対抗しようと…。」
今度は俺達が口を開ける番だった。話が違う。
思わず胸倉を掴んで揺さぶる。打って変わっておどおどする王さんは為されるがままだ。
「じゃあどうやって力を奪う気なんだよ!?」
「そういう難解なのはコラトが…。」

王さんは訳が分からないなりに状況を理解しようとしていた。俺は半ば脱力しながらなおも聞く。
「モンスターの力を借りるんじゃなくてか。」
「名誉に誓って金輪際モンスターと関わりはない。」
どうも話があやふやだ。覚えがある。人の心を惑わし思うままに操る、モンスターのやり方。ナレークでもそうだった。
唇を噛み締めた。あの時は手遅れだったが、今回はまだ終わりじゃない。いや、手遅れには絶対にさせない。

王さんの胸元を掴んだ手を放し、肩に置く。一度深呼吸した。パニクってきょろきょろしていた彼の目を覗き込み俺に注目させる。相手を落ち着かせる為のその行動は、結果的に俺も落ち着かせた。
「なぁ。どうして時紡ぎの事を知ったんだ?力を移す方法はどうやって知ったんだ?
よく思い出してくれ。全部あんたが考えたのか?」
「…コラト。」
王さんが蒼白になる。全ての背後を爺さんが仕込んだとしたら?

決まりだ。

「…コラトの所に案内しよう。」
表情を不安で曇らせ王さんは駆けだす。塔の更なる上階へと。
王さんを信じ切れない自分もいる。だが真実はイリスの所に行きさえすれば分かる。

“レイ、イリスちゃんを必ず守ってよね。”


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