曇天、虹色地平線 野望の王国 6 対策と休息



「イリス!ラシュー!」
名を呼ぶ声に周囲を見回す。探していた人物はすぐに見つかった。レイさんだ。
「お前らなんでここに!危ないじゃ…」
「怪我してるんですか!?」
「へ?」
レイさんが何か言おうとしたのを遮る。どう見ても彼は自分の腹部を庇ってる。出鼻を挫かれた彼は間の抜けた声をあげた。
「無茶はしないでくださいって、言ったじゃないですかっ…!」
コニスティンさんの攻撃に倒れるレイさんの姿が蘇る。相手が戸惑ってると分かっていながら冷静になれなかった。
死んじゃ駄目。私の側からいなくならないで。
言えない言葉に身を震わせる私に、黙ったままでレイさんは優しく頭を撫でた。

「レイ。」
その場の空気を絶つような、真剣なラシュームさんの声は心なしか震えている。私ははっと顔をあげた。そうだ、伝えなくちゃいけない。あのエルフの事を。
「例のモンスターを見つけたんだ。」
「…!」
レイさんの表情が引き締まる。怖いほど落ち着いた殺意を孕んだまなざしに促され、ラシュームさんは続けた。
「本人がそう名乗ったんだ。
見なかった?飛竜に乗ったダークエルフだった。」
飛竜。そう聞いた途端レイさんは何か引っ掛かった顔をする。心当たりがあるのだろうか?

「その話、詳しく聞かせてよ。」
次に言葉を発したのはレイさんではない。声の主を振り返りレイさんが複雑そうに呟く。
「………ハール。」
壁の方からやってきた、長身の女性だった。



「そのダークエルフが化け物共モンスターの司令官で間違いないだろうな。
しかもナレークの宝物さえ奪ったとは。」
「おそらく、その一派がこの街の中に潜んでいるはずだ。」
そう言った途端、玉座にふんぞりかえった青年王は顎に手をやった。眉間の皺がさらに深くなっている。
俺達はトゥーレを知っている顛末を伝える為、ナレークの話をせざるを得なかった。アッシュが反乱を起した隙にモンスターが目録を奪い、そこにたまたま居合わせた俺達が奴を追いかけて来た事にした。
ナレークに行った時と同じように時紡ぎの話はしなかった。話せば漏れる。モンスターが潜伏している以上、無駄な危険にさらしたくない。

城内の一部屋に招かれ、俺達は現状を整理する事になった。ここにはイリスとラシューム、王さん以外には爺さんとハールしかいない。プライベートな空間の様だった。
こいつらに協力する気は特になかったが、あのモンスターが相手なら別だ。…絶対に逃がさない。
「心当たりはないか?」
「ないねぇ。全て初耳だよ。
今回は特殊だ。今まで攻めて来たモンスター達の中にエルフや飛竜なんていなかったからね。」
このあたりには古くからオークが住んでいる。どうやら、そこに最近新たな軍勢が加わったようだ。しかしモンスター側もあれだけの数の戦闘員を一朝一夕では集められなかったろう。おそらく随分前から準備をしていたんだ。魔術公国でアッシュに仕込みながら、それと同時に王国侵攻を企んでいたというのか。両国共を潰す為に。

「モンスター達が一つの集団に集まり始めたんだ。」

俺の一言に身じろぎし、ラシュームは組んだ両手に視線を落とす。落ち着きなく握ったり放されたりする指とへのじにされた口。どうも様子がおかしい…気がする。
俺に誰よりも速く同意した宝石の囁き声は、イリスのみに向けられていた。彼女以外には隣りに座る俺に微かに聞こえるのみだ。
『じゃろうな。時紡ぎの引継ぎが近い。弱まった力が闇の横行を許す。』
「モンスター達が力を増すの?」
『そうじゃ。小娘、奴等がそなたを取り込もうとするのはその為。時紡ぎを継ぐのを全力で阻んでくるじゃろう。』
イリスが身を堅くする。今更だが俺も冷や汗が流れた。何だよ、時紡ぎってのはそんなに大それたもんだったのか?嫌な予感はもはや確信に近い。これからは今までの局部的な戦いとは違う。モンスターと人間の大戦争が始まる。

誰もの脳裏に今宵起こるだろう戦いの事が浮かんだに違いない。

「お前達何を暗くなっている。」
それほど大声でないのに良く通る王さんの叱責。顎にやった腕に頬をもたげながら彼は傲慢な口調で告げた。
「我が王家が負けるなどと有ってはならない。重要なのはそれだけだ。」
彼の後方に飾られた長牙の虎の壁掛けの前で交差された双槍。その柄に描かれた王家の紋章は彼の矛にも描かれている。古くからブール王国は大陸の統治者として正面きって戦ってきた。最盛期にこの大陸全土を支配していた頃から、領土の分離独立を経て、小国へ衰退となった現在でもそのプライドは生き続けているのか。
「俺様達だけでも勝てると思うが、一応援助の使いをナレークへ送った。」
彼は自信満々に笑う。だが現実が見えていない訳ではない様だった。それでも彼は王族としての自分を深く自覚するが故、古びた王座の権威にしがみついて戦わざるを得ない。敵を恐れぬ勇猛な王であり続けなくてはならない。それは幸せな事なのか?

こっちがそう考えるのが不遜だと思わせる程、王さんの表情は覇気でみち満ちている。彼は右から机を囲んで座っている、イリス、俺、ラシューム、ハール、そして傍らの爺さんに順番に視線を投げ掛けた。自覚はしてやっていないようだが、目を合わせ語りかける、これが彼の人気の秘訣なのかもしれない。
「当面の問題は飛竜をどうするかだろう。」
「現在、魔具を至急製造しておりますが、日没までに幾つ完成するか…。」
「あたしたちの中で飛竜の戦闘経験のある奴が、情報提供してくれてるよ。」
王さんに報告する爺さんの姿は、紛れもなく主君に対する参謀そのものだった。ハールの瞳も真剣で、根無し草の冒険者のはずなのに主君と臣下といった感じだ。
王さんは古びた舶来ものの水差しに手を伸ばし、磁器のカップに注ぐ。葡萄酒のようだ。それを口許で止めて呟く。
「前時代の遺産を使うしかないな。」
「投石機ですな。」
「準備を頼む。人夫は国民から取る方がいいな。ハール、手配を頼む。」
「わかったよ。」

「民間人を戦場に呼ぶんですか!!?」
会話に割り込んだラシューム。俺の話を黙って聞けオーラを出していた王さんがラシュームを見る。手のカップを置いた。この俺様も、リドミの王位継承者であるラシュームの話は対等に聞くらしい。
「石を引くのくらい民間人でも出来る。兵士は化け物共と戦う人員に使う。
国民は王の為に死ぬものだ。王が国民の為に死ぬのと同様に。」
「それは___」
彼の話は簡潔で理に適っている。ラシュームは言葉を濁そうとするが、躊躇に揺れた瞳は悲しみにも似た意思を宿して王さんを捉えた。
「___理想論だ。」
「あぁ゛!?」
語気を荒げ、がたん、と音を立て王さんが立ち上がる。だがラシュームは険悪な空気にもたじろがない。一触即発の雰囲気に待ったをかけたのはハールだった。

「うん…もう!照れ屋だねぇ!王は理想を語るもんだから、カリカリしないでいいじゃぁないか。」
ハールは王さんの首に腕を巻き付け、頭をかいぐりかいぐりする。弟に対する姉のような遠慮のない動作。逃れようと、じたばたする王さんは切れ切れにしか言葉を発せない。
「放せ!…誰が照れて…!」
止めるかと思った爺さんは、動じず微笑ましいものを見る目で眺めながら茶を啜っていた。何とかハールを引き剥がした王さんの気勢は完全に削がれていた。随分不機嫌そうだがハールを咎める様子はない。

「…夕方まで下がっていろ。夜になったら働いて貰う。」
怒ったというより疲れた様子で、王さんは溜め息をつく。片手で髪を直しながら、しっしっと手を振り俺達を追い出した。爺さんだけが王さんの脇に残った。二人で作戦を練るのだろう。
俺達に求められている事はもうない。イリスやラシュームのように“目”を持たない俺は潜んだモンスターを見つける役にも立たない。出来る事は…叩っ斬るのみ。
去り際に一言だけ忠告した。
「サイクロプスがろくに動いてない。気をつけた方がいいと思うぞ。」


廊下に出るが、扉の両脇を固める警備兵以外誰もいない。これだけ広い城ががらんとしているのには、どこか薄ら寒いものを感じる。首を巡らせた俺達に気がついたハールは僅かに微笑んだ。
「皆、襲撃の準備をしてるのさ。あたしら戦闘員がするべき準備は武器装備の準備と少しでも寝る事だね。」
彼女が導く後へついて、幾つもの短い廊下を超えて行く。この城は廊下が小部屋を繋ぐのが繰り返される構造になっているのだった。箱方迷路みたいだ。所々モザイク調に詰まれた石造りの壁はそれだけで巨大な絵画を思わせている。

「ま、この辺でいいかね。
好きな客室を選んでくんな。」
「うあぁ疲れた…!!」
緊張の糸が切れたらしいラシュームが泣きそうな声をあげる。今日は調子が悪そうだったしな。イリスの方は黙ったままだ。
ハールが連れて来たのは小部屋が集まっている場所だ。客用の寝室らしい。
ラシュームもイリスも分かってないみたいだが、王国の客って…国賓だぞ?

「いい部屋当て過ぎじゃないか?」
「なーに言ってんだい!
リドミの王子に“龍殺し”の龍牙、そっちの嬢ちゃんは知らないが…このメンバーの一員だ。ただもんじゃないんだろ?謙遜は辞めな。」
俺達一人一人に突き付けるように言うハール。その推測は概ね正しい。間違っている所をあげるなら、イリスは俺達と同列に考えてはならないほど並でない存在だって所だ。言い返す言葉を誰も持たない。
「その凄さは戦場で見れるんだろ?楽しみにしてるよ。」
「うっ……は、はい…。」
ハールの言葉の中には含みが全く無い。サーカスを楽しみにする子供のような純真な響きがあった。逆に頷かざるを得ない。おどおどと答えるイリスの語尾は気後れして半ば消えている。

「ふふふ。かーいいね。
じゃ、おやすみ。」
萎縮したイリスの肩に手を回し髪を撫でるハール。さらに固まるイリスの肩を優しく部屋の一つに向けて押し出す。イリスは遠慮がちに一礼した。
「…僕も。疲れた…。」
イリスとラシュームがそれぞれ部屋へ戻る。二人とも妙に口数が少ない。

それを見届けて去ろうとするハールを俺は呼び止めた。大きめにとられた窓の向こうで紅葉した枝が揺れている。
「あんた、あの王さんとどういう関係なんだ?」


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